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| ■昭和21年7月 <大阪市市民援護会の結成> |
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| 大阪市は、終戦直後の混乱期に、市民同憂の士の発議をうけて、大阪市市民援護会を結成し、市民の隣保相互扶助、社会連帯の精神を基調に戦災者、引揚者、孤児その他一般の生活困窮者に対し、援護と養育を行った。 |
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| ■昭和24年7月 <大阪市民共済会と合併> |
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| 大阪市市民援護会は、同一目的をもつ財団法人大阪市民共済会と合併し、その一部門として養護施設助松寮と阿倍野、鶴満寺保育所を経営する一方、市民の社会事業への積極的参加を推進するため、社会事業ボランティア運動を進め、また、市民生活の各般の相談窓口を開いてきた。 |
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| ■昭和31年6月 <大阪市民援護事業団の設立> |
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| これらの事業を更に強力に推進するために、旧大阪市市民援護会に属した資産を大阪市民共済会から分離し、社会福祉事業法に基づく社会福祉法人大阪市民援護事業団を設立し、従来の事業に加えて宿所提供施設3カ所、母子寮4カ所、簡易宿泊所2カ所計9施設を経営し、その後保育所5カ所、更生施設1カ所を加え、更に、昭和55年度から4カ所に事業団保育園を設立し、昭和60年4月には、救護施設を経営するなど、逐次事業の拡充をはかり社会福祉の向上に努めてきた。 |
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| ■平成6年6月 <みおつくし福祉会に名称変更> |
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| その後時代の変遷とともに地域福祉市民組織が確立され、更に、各種のボランティア組織も整備されるに伴い、当法人は専ら社会福祉施設を設置経営する団体として今日に至っている。このような経緯から、名と実の一致をはかるため、法人の名称をみおつくし福祉会と改め、同時に時代の要請に応えるため、平成6年8月から老人デイサービス施設1カ所を加え、同施設は平成12年4月1日から居宅介護支援事業・指定居宅サービス事業の指定事務所となっている。その後、自立支援センター、仮設一時避難所、保育所の運営を大阪市より受託。また、平成18年4月よりは、新たに児童養護施設・情緒障害児短期治療施設を受託し、今日に至っている。なお、既存の施設においては、事業の拡充や地域の要請に応えるべく努めている。 |