| イスラーム建築 |

神谷武夫 著・写真, 2007年, 彰国社 |
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● イスラーム文化は 建築によって代表される
ただ イスラーム文化においては、偶像崇拝や それに類することが厳しく禁じられているために、生き物の姿を描く絵画や彫刻が十分には発展してこなかった。 演劇や舞踊も同様である。 したがって ムスリムの芸術的表現意欲が高度に発揮されたのは、主として建築と庭園、そして書道 (カリグラフィー) であった。 そして庭園は建築と一体化し、書道は建築の壁面を装飾するのであるから、私たちがイスラーム世界の文化を知るためには、まずもって建築について理解することが 必須なのだと言える。 しかしながら これまでのところ、イスラーム世界の宗教解説や 政治分析の分野に比べて、建築に関する出版活動はきわめて不十分なものであった。 本書はその欠を埋めるために、建築の専門家にとっても、一般読書人にとっても 理解しやすい、イスラーム建築の 総合的な概説書を提供することを目的としている。
本書の大きな特色は、著者の撮影による建築写真を豊富に載せている点である。 建築の本を読んでいて、写真が添えられていないがゆえに、その記述が 何のことを言っているのかわからないことほど イライラさせられることはない。 建築が造形芸術である限り、言葉を百万遍つらねても説明できないことを、1枚の写真がはるかによく伝えるというのは よくある話である。 本書では、すべての記述に実証的な写真を添えて、論旨を鮮明にするのを原則とした。 建築史の書物ではないながら、このようなコンパクトな一書において、イスラーム建築の全般を平易に解説しつつ、その特質を明確に記述した書物は、私の知るかぎり、外国にもない。
● 本書の構成
以上の内容をたどることによって、イスラーム建築の基本的な原理と その多様な展開をとおして、イスラーム文化の特性を理解していただけるのではないかと思う。 世界の人々が平和に存続するために、「文明の衝突」 ではなく 「文明の共存」 のために、私たちはイスラームやインドの建築文化を学び、そこに日本や欧米との違いが存在するゆえにこそ、総体としての世界の建築文化がより豊かで 実り多いものになることを期待したいと思う。
● 表記について
イスラーム建築との私の付合いは、ほぼ 30年になる。 最初の出会いは インドにおいてであった。 そもそもは、当時の日本の建築界が (明治以来) 欧米にばかり顔を向けていて、日本が属するアジアの建築を まったく無視していることに反発し、建築家として独立する前の 3ヵ月間の海外建築視察旅行の行先に、欧米ではなく インドを選んだことにある。 そこには 学生時代から習い覚えた建築とは まったく異なった世界があり、「欧米対日本」 という二元論を打ち破る建築文化の存在に興奮したものだった。 ところが そこに もうひとつの建築、イスラーム建築を見いだして困惑することになる。 仏教、ヒンドゥ教、ジャイナ教という、インドの土着の宗教の建築はまだわかりやすいものであったが、ひたすら幾何学的分割で成り立っているようなイスラーム建築というのは、私の慣れ親しんだ日本の建築からは最も遠く、一体 どのように理解したらよいのか戸惑ったのである。
その後、インド文明と比較するためにエジプトやトルコ、イランと旅すると、どこにおいても必ずイスラーム建築と出会い、しかも それぞれのスタイルが お互いにずいぶんと異なっているので 根本的な原理というのがわからず、相互の関連も なかなか呑み込めなかった。 しかし、その分布範囲は スペインからインドネシアまで、あまりにも広いので (しかも当時で言う 「第三世界」 の全体に広まっていて)、これはきちんと勉強しないことには、世界の建築を理解することはできないと感じ、ともかく読むべき本を探してみた。 ところが驚いたことには、イスラーム建築の概説書や歴史書というものが、日本では ほとんど出版されていないことが わかった。
困ったものだと思っていたら、ある日丸善の洋書売り場に、スイスで出版されたイスラーム建築史の本を見いだした。 それはフランス語で書かれていたが、ちょうどロマネスク建築の研究のためにフランス語を学習していたところだったので、イスラーム建築とフランス語の両方の勉強になると、早速買って読み始めたところ、それがあまりにも 「面白くて為になる」 本だったので、何度も読むうちに、ついに翻訳して出版まですることになった。 アンリ・スチールランの 『イスラムの建築文化』 である。 日本語で読める最初のイスラーム建築史の本であったが、世の中はまだ イスラームへの関心の薄い時代であり、少部数の高額の本となってしまったので、ずいぶんと好事家の仕事と思われもした。
それが一段落して 、再び広大な領域のイスラーム建築に相対するようになり、今も調査旅行を続けている。 その間、日本では イスラームに対する関心が一変していて、というより 2001年 9月 11日以後、世界のイスラームに対する姿勢が変化して、イスラームを知らねばならない という石油ショック以降の知的関心とともに、それは少々怖いものである という通俗的な認識が広まってしまったのである。 また、イスラームを敵視するアメリカに追随して、日本はついにイラクへ海外派兵をしてしまい、それまでの非軍事的平和主義によって築いてきたイスラーム諸国からの信頼感を、少なからず損なってしまったのは、まことに残念なことであった。
本書は イスラーム建築の概説書の形をとっているが、実は それ以上のイスラーム建築論を盛り込んである。 世界の建築を 「彫刻的建築」 と 「皮膜的建築」 と 「骨組的建築」 の 3つの類型に分類し、イスラーム建築は皮膜的建築 (あるいは 「囲繞的建築」) であるとする論である。 これは 長年にわたって世界の建築を調べ歩いてきた結果としての 私の持論であって、欧米の建築史家の受け売りではない。 本書のすべての記述は この論に即して展開してあるので、通読していただければ十分に理解していただけるはずであるが、しかし異論を唱えられる方もいることと思う。 できれば反論や批判をお寄せいただき、イスラーム建築の定義を さらに発展させていきたいと思う。
本書は イスラーム建築を多方面から全般的に扱っているが、しかし建築史の書物ではない。 先述の拙訳書 『イスラムの建築文化』 (1987年、原書房) が歴史を扱っているので、これを読み併せていただければ、イスラーム建築の理解は万全となることだろう。 だいぶ前に絶版になったままなので、近く翻訳に手をいれて新版を出す計画である。
2006年12月10日 神谷武夫
(お断り : ページ・サンプルは、DTPのプリント・アウトからスキャンしたので、
メールはこちらへ kamiya@t.email.ne.jp
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