腎臓移植体験談
実際に我々が支援をさせていただいた患者さんの生の声をお聞き下さい。


 「9歳から病気になり、その後も色々な病気を患い入院。その後、腎不全になり透析導入後は腎臓食(透析食)しか食せず、腰も不自由なので外出もままに出来ないでいつもベットの上にいました。こんな私は生命保険にも加盟できず人生最後だけは1日4時間毎週3回の透析という苦痛から解放されたらなと決意しました。今はその苦痛から解放されています。」
     入院先の病院にて時事通信 城山記者に話す昨年8月22日退院帰国の神戸市在住の60代女性M氏談

     〔2007年8月14日 中日新聞掲載記事 表題:中国で2邦人が腎臓移植〕

 「血液透析導入後2〜3年程から小便が日に日に出なくなり、挙句の果てには2日でオチョコ1杯にもならない程度になった。愛知県の主治医は「90歳の老人ホームにいる母親からドナー提供を」と言うが親子共々共倒れになる可能性も高いし、高齢の母親から受けて移植しても数年もすればまた腎不全になる。だから中国での移植に挑んだ。移植後帰りの飛行機の中で何度もトイレに行く患者さんは「杉本さん。こりゃあしかし嬉しい悲鳴だよ」とオチョコ程度から1回にペットボトル相当の750ml程になった尿量の嬉しい悲鳴だと
     帰国直後の中部国際空港にて北海道新聞 藤田記者に話す昨年10月1日退院帰国の名古屋市在住の70代男性S氏談

     〔2007年10月2日 北海道新聞掲載記事 表題:中国で腎臓移植〕

 「水を1日500ccしか飲めず(個人差もあるが)リン・カリウムが高いだの基礎体重の維持等、好きな食べ物も好きなだけ食べれず、特に若い人ならこれから先の人生が面白く無くてもいいのか?1日4時間の透析の為に仕事も出来ないという事を理解して欲しい。(コップの水を一気に飲み)これが出来なかったんだ」と喜びながら
     帰国直後の関西空港にて報道プレミアムA森島記者とNHK寺沢記者に話す昨年10月18日退院帰国の奈良県在住の40代男性W氏談
     〔2007年8月14日 東京新聞掲載記事 表題:中国で2邦人が腎臓移植〕

 「東京の大学病院で70代の親父にドナーになってもらえと言われ、考えた末高齢の父親と自分に万が一の事があれば共倒れする。だから海外で臓器売買をせずにひたすら脳死ドナーを待つ事約5ヶ月。やっと連絡が来たので渡航した。入院中日本の新聞やインターネットを見てフィリピンが臓器売買の為に帰国後フォローの際には自費診療という記事を見た。その後に日本人臓器ブローカーが会社上の登記の問題で拘束、それに輪をかけて日本での脳死移植10周年というのもあってか加熱批判報道があった。それでも俺はこの苦痛から解放されたいからこの道を進んだんだ。お金はこれから3倍仕事して稼ぐ事ができる。決して高い買い物とは思っていない。 健康な奴らが幾ら倫理を議論したからといっても病気の俺達を救う事も出来なきゃ受け入れる事すらもできないんだろうよ」
     入院先の病院にて時事通信 城山記者に話す昨年10月21日退院帰国の埼玉県在住の30代男性F氏談


 「病気になってからは好きな旅行にも行けなくなった。透析の為に。そして年齢的にも移植を諦めかけていたが厳しくなって来た中国の移植の現状にOMTACのスタッフの方にチャンスは今しかありませんとお任せ下さいの一言を信じ今こうして透析を受けずに自宅に居るのが信じられない。日本人スタッフや中国スタッフの方々には食事や下の世話を病院や飛行機の中までもやって頂いた。感謝の言葉がありません。」
     退院帰国直後の自宅にてOMTAC代表に話す昨年11月20日退院帰国の神戸市在住の60代男性M氏談


 「人生二度目の腎臓移植経験。前回の移植は85歳の母親からの献腎移植でした。あまりの高齢の為に母親から頂いた腎臓が持たず半年で摘出。ドナー不足の日本では仕方ない事だが中国で23歳と云う若いドナーと巡り合いこうして腎臓は今でも元気に持っている為に長い時間が経過しても治療に専念できる。OMTACさんと知り合うまでに2ヵ所の他団体と交渉したが数か月してもドナーが出ず、世間では中国での移植は不可能だと言われ諦めかけていたがOMTACさんに初めて連絡してから早くも2週間程で移植が実現した。OMTACさんの交渉力のおかげだと思っております。入院期間中も親切にして頂き本当に感謝しております。」
     退院帰国直前の療養中のホテルにてOMTAC副代表に話す本年1月7日退院帰国の大阪府岸和田市在住の60代男性I氏談


 「透析導入前の中国腎臓移植の決断でしたが、これまでに日本全国の色々な移植病院に相談に行き、もちろん愛媛の宇和島病院にも行ったがどれも無意味に終わった。OMTACさんに連絡を取ってから1ヶ月余りで腎臓移植が実現された。これには驚きました。中国での移植には不安は勿論ありましたがスタッフの方々に良くして頂き無事にこうしてホテルで養生しながら透析をせずに健常者として帰えれる日を待つ事が幸せでたまりません。」
     退院帰国直前の療養中のホテルにてOMTAC副代表に話す本年1月31日退院帰国の大阪府東大阪市在住の60代男性S氏談


 「糖尿病と診断されてから15年後に腎不全となり血液透析を導入され約3年間我慢してきたが透析による束縛と痛みと突然襲われるかゆみとの決別を決め中国での腎臓移植に決断しました。とにかく医者の言われるままに頑張ってきたつもりだが人生の折り返し点を過ぎ、過去を振り返りこのままでは嫌だと思い始め友達を伝い自身で中国の病院に数回足を運んだが無駄に終わった。諦めかけていた頃にOMTACさんに出会い連絡を取り1ヶ月余りで腎臓移植が実現された。それも自分の誕生日と世界腎臓の日と同じ日に。一生忘れる事はありません。OMTACさんにお願いした事が本当に良かった。日本人スタッフや中国人スタッフの方々にくれぐれも宜しくお伝え下さい。」   退院帰国の飛行機にてOMTAC副代表に話す本年4月8日退院帰国の奈良県生駒郡在住の60代男性M氏談

 「こうして透析をせずに日本に連れて帰って来てくれた事に感謝せずにいられません。腹膜透析を8年間程続け、どこへ行くにもバックに大量の腹膜透析液を持っての移動は大変でした。夜間の就寝中でも毎日透析機械と自分の体を繋ぐチューブがある為に熟睡できた事があまりありません。これからはその苦しみからも解放される喜びを大切に思ってゆきます。」
     退院帰国の関西空港にてOMTAC副代表に話す本年5月2日退院帰国の大阪府岸和田市在住の60代男性M氏談